親戚のお姉ちゃんが結婚した
大好きな親戚のお姉ちゃんが結婚した。
…と錯覚するくらいに親しみやすさに溢れる大好きな関取花ちゃんが結婚した。
超絶にめでたい、ずっと幸せに包まれていてほしいと思う気持ちと、それとはまた別にお姉ちゃんが遠くにいってしまうような寂しい気持ちもあって、なんだかよく分からない感情がごちゃまぜで涙がぽろぽろ溢れてきた。
誰かの結婚報告で涙したのは初めてだった。
ところで関取姓はどうなるのだろうか。
あんなにも貴重で素晴らしい姓が無くなるのは惜しいと思ってしまう私。
たかが一ファンが何を気にしてんねんという感じだけど、親戚の気持ちでいるもんだからどうか許してほしい。
とやかく言ってしまったけれど、お相手の方と共に朗らかに過ごしてくれたら、それはもうファンとしては最高です。
本当に、本当に、本当におめでとうございます。
大好き、花ちゃん!
初めてのバスボム
半年間ブログ書きませんでした。
やっぱり飽き性です。
直近でコジコジのバスボムを人から貰ったので、レポします。

パッケージが超絶かわいいのだけど、何の匂いなのかと思えば「おまんじゅうのかおり」で突如として私は不安に襲われました。
???
「おまんじゅうのかおり」ってなに???
温泉まんじゅうの皮を嗅いだ時のあの甘いにおいがお風呂中に充満する可能性があるということ?大丈夫かな。心配だな。
私にはあまり得意ではないにおいがあって、それはディズニーランドのプーさんのハニーハントあたり(エリア名分からない)に漂うはちみつのポップコーンのにおいがてんで駄目で。
そういう類のにおいになる可能性も秘めてるんじゃないかと恐怖しました。
ということでいつもどおりにお風呂をためて、ボウルの中におまんじゅうコジコジボールを入れて試すことにしました。

なんかドラえもんの鈴みたいな形と色してる。

いざ、ボウルにイン。シュワシュワしてる〜〜〜

怖い、怖いけど、鼻を近づけてにおいを確かめてみる。
「おまんじゅうのかおり」ってなに???
ちょっと、なんかいい香りじゃんか。なんだよ。
ここまで来たらすっげぇおまんじゅうのにおい来てくれよ。
甘めの香りがするお花みたいなにおいで、勝手につまらないと感じてしまいました。
コジコジに失礼。

コジコジのバスボムだから、カプセル何入っているか気になるじゃんか。
???
コジコジじゃなくない???

これって???

お前だったか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

次郎じゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!
口がすぼまっててかわいい。
3/4はコジコジなのに、残り1/4で次郎が来るとは思わなかったよ。
初めてのバスボム、楽しかったよ。(次郎の声)
久々のブログでこんなに適当な文章で良いのかな。良いか別に。
最近、体調が安定せずで元気無くしていたけど、こういうささやかな楽しみが日常にあると良いですね。
またブログのことを思い出したら書きに来ます。
追記:わたしのおすすめの入浴剤No.1(2025年のベストバイの一つ)は、『温素 白華の湯』です。
白濁とした色と香りが温泉そのものです。
お弁当

最近ふと考えていたことがある。
自分を育ててくれた人が自分自身の為にお弁当を作って食べていたのかということ。
まず、今のわたしは新しい職場に変わってからすぐは自分の為にお弁当を作る余裕が無くて職場の近くにあるスーパーのお弁当を買って食べていた。
自分のためにもそうしていたけれど、そういう日が続いているとなんとなく自分を労れていないような気持ちが生まれていた。(これは思い込みでしかない)
ただ、ここ数週間は仕事に少しずつ慣れて余裕が生まれてきたからか休みの日に数日分のお弁当を作り置きして持って行くことができていて、少し気持ちが豊かになっている。
子どもの頃は中学生まで給食、高校生になってからは平日と部活がある休日はお弁当。
一緒に住んでいたおばあちゃんが作ってくれていて、中身は好きな冷凍食品とおばあちゃん特製のおかずが入っているようなお弁当だった。
学生の頃は学校に電子レンジも無かったから基本的にご飯は硬くなっている状態で食べなければいけなかったけれど、それでも全部美味しくて残したことは無かった気がする。
おばあちゃんが忙しい時にはお弁当を作ってもらえなかったから、コンビニで何かしらを買って食べていたけれど、なんとなく気分が上がらなかった。
大人になると実感するのだけれど、お弁当を作るのは時間や心身ともに余裕が無いと出来ないし、お弁当を作ることよりも優先しないといけないことが結構ある。(その日の食事とか洗濯とか入浴とか)
そんな日々を過ごしている中でふと「わたしのおばあちゃんはお昼に何を食べていたんだろう」と考えることがあった。(おそらくドラマ『おっパン』を見た影響)
わたしの知る限り、自分自身の為にお弁当を作っている姿を見たことが無い。
とすると、飲食店に行ってランチをしていたのか、コンビニなどのお店でパパっと食べられるものを買って食べていたのか、そもそも休憩はしっかり取っていたのか、とかそういう部分が気になった。
わたしのおばあちゃんは大病を患うまではずっと働いているようなアクティブな人だったから、休憩時間に飲食店でしっかりランチを取ることはなかったと思う。
当時はお弁当を作ってもらえていることが当たり前と感じていたし、自分のことで精一杯でこんなことを考える余裕もなかったけれど、今になるとその当たり前をほぼ毎日続けることがどれだけ大変なことかがよく分かる。
時間を戻せるならば、おばあちゃんの為にお弁当を作ってあげたかった。
今はもうおばあちゃんにお弁当を作ることは叶わないけど、わたし自身を大切にするためにお弁当を作ったり、美味しいものを食べたりする時間を守っていきたいし、わたしの大切な人たちにもその日を健やかに過ごせるようなご飯を食べていてほしい。
2024年を振り返ろうの巻
2024年に入ってから何度も「ブログでアウトプットしていこう~」と思っていたら、今年もやらかした。(まあ、こうなることは分かっていた)
ただ、2024年の私は少し違う。
既にいらないものの断捨離や家の大掃除終わっているし、年越しそばの準備も出来ている。
(少し前にエアコン掃除来てもらったタイミングに窓掃除したし、窓はスキップでいっか!とかそういうのは置いといて)
後は振り返りブログを書き終えられれば、気持ちの整理整頓も出来て良い感じに2025年を迎えられそうなので、ぼちぼち書いていこうと思う。
今年は楽しいことや嬉しいことも本当にたくさんあったけれども、何と言っても精神面での体調が安定しなかったことが悪い意味で印象的な年になった。
休職と復職を繰り返したりもしたし、ここ最近で一番しんどかったかもしれない。
すごく沈んでいる時には「自分よりしんどい人はたくさんいるし、こんなのでしんどいなんて言ってたら駄目だ」「仕事出来ない状況で楽しいと感じていいのか」と自責的になってしまうこともしばしばあって、周りに話せる人がいなかったらもっとしんどい状況になってたんだろうと今になると思う。
ただ、本当に偶然だけれど仕事を休んでいなかったら、ちゃん祖母が亡くなる前日に2人きりで散歩は出来なかったし、最期にも立ち会えていなかったから、偶然とはいえあの時だけは大事な時間をもらったようにも思えた。
今後もこういう自分と向き合っていく必要があるのは面倒だなとは思っているのだけど、一人で乗り越えようとしなくてもいいことだと改めて振り返りながら思えているので、終わりよくないし基本良くないけど(良くないんかい)、引き続きこういう思考を持ちながら過ごしていきたい所存。
上でも少し触れているように、今年の春になる少し前に私を育ててくれたちゃん祖母が亡くなった。
身内の死を初めて経験する訳ではなかったけれど、本当に身近の存在だった人がこの世からいなくなったのは初めてだった。
一緒に住んでいたこともあってか、身の回りのサポートや体調が急変したら朝夜問わず病院に付き添うこともあったし、お互いの意見が合わなければ衝突することもあったし、そういうものから解き放たれる嬉しさみたいなものもあって、すごく寂しかったけれど同時になんとも言えない開放感みたいなものもあって、複雑な気持ちだった。
亡くなってからまだ一年も経っていない割にちゃん祖母がいない生活には慣れてしまったけれど(というか自分の生活に精一杯だった)、今年の年末年始はちゃん祖母が大晦日から仕込んで作ってくれる特製おせちやけんちん汁は食べられないんだなと思うとやっぱり寂しい。
その他で振り返るとなるとなんだかんだ趣味活となるものは充実していたなと思う。
日食さんの『宇宙遊泳』にまつわるものにはほとんど参加出来ているし(何なら岩手まで行った)、花ちゃんの『全員集合』や『関取独走』も参加出来たし、他にもライブも行ったり、好きな作家さんの展示にもたくさんお伺い出来た。
家族旅行に連れて行くこと、初めてティラノサウルスレース参加、登山、マラソン大会で10km完走もした。
人間関係で言えば、新しい出会いも沢山あったし、いつも仲良くしてくれる人たちとも会う機会を作れたし、ずっと会ってなかった親戚に会えたり、学生時代の仲間や先生と会えたり。
自分の状況が悪い方向に進んでいると感じると殻に閉じこもりがちになると自覚しているのだけど、殻に閉じこもっていても状況は変わらないと気付けたのは良い収穫だったのだと思う。
来年は今年出来なかったことを出来るように心も体も整えていきたいのと、もう少し地に足がつくような生き方をしたい。

頭の中だけにしまっておく”むず痒さ”ってある
最近、このブログを動かしてないな~とふと思って覗きに来てみたら、最終更新日が2023年1月で驚いた。
もともと、何かを継続するってことが苦手な人間で手を付けてみたけどやらなくなるというのは日常茶飯事だから、そんな自分に慣れっこになってしまっている。
というか、おそらく”能動的”に継続したっていう成功体験があまり無いから苦手と感じると表現した方が近いかもしれない。
ブログを更新していなかった期間の中でまあ色々なことがあったのだけど、それを振り返るのも大変だし新鮮な感情では無くなってしまっているから今更出来ない。
ただ、自分が何かを体験・体感したことで出てくる感情をずっと頭の中だけに留めて置くと少しむず痒さというかモヤモヤする感じがしていて(だからTwitter𝕏で呟くんだけど)、インプットしたことを言葉とかの形でアウトプットしてようやく自分の中に落とし込めるような気がしてる。
どんなアウトプットの方法が自分に適してるか今も模索中だけど、改めてこの場も活用していきたい。
話を変えて、日曜日に地元のケーキ屋さんに行ってきた。
お店自体は数年やられているけど私が知ったのは去年だったし、ようやく通った回数が両手になったくらいの新規ファン。
お昼~おやつ時は満席になる程に地元の方に愛されているようなお店なのだけど、とうとう店長さんに「いつもありがとうございます」と声をかけて貰えてすごく嬉しかったので書き残しておく。
(グルメ系インフルエンサーに取り上げられてバズらないで欲しい、切実に)


ところで、ここまで書いた文章の文字数が800文字弱くらいなんだけど、何千文字もあるレポート書けてた学生時代の自分、割と頑張ってたんだなあ・・・。
