お弁当

最近ふと考えていたことがある。
自分を育ててくれた人が自分自身の為にお弁当を作って食べていたのかということ。
まず、今のわたしは新しい職場に変わってからすぐは自分の為にお弁当を作る余裕が無くて職場の近くにあるスーパーのお弁当を買って食べていた。
自分のためにもそうしていたけれど、そういう日が続いているとなんとなく自分を労れていないような気持ちが生まれていた。(これは思い込みでしかない)
ただ、ここ数週間は仕事に少しずつ慣れて余裕が生まれてきたからか休みの日に数日分のお弁当を作り置きして持って行くことができていて、少し気持ちが豊かになっている。
子どもの頃は中学生まで給食、高校生になってからは平日と部活がある休日はお弁当。
一緒に住んでいたおばあちゃんが作ってくれていて、中身は好きな冷凍食品とおばあちゃん特製のおかずが入っているようなお弁当だった。
学生の頃は学校に電子レンジも無かったから基本的にご飯は硬くなっている状態で食べなければいけなかったけれど、それでも全部美味しくて残したことは無かった気がする。
おばあちゃんが忙しい時にはお弁当を作ってもらえなかったから、コンビニで何かしらを買って食べていたけれど、なんとなく気分が上がらなかった。
大人になると実感するのだけれど、お弁当を作るのは時間や心身ともに余裕が無いと出来ないし、お弁当を作ることよりも優先しないといけないことが結構ある。(その日の食事とか洗濯とか入浴とか)
そんな日々を過ごしている中でふと「わたしのおばあちゃんはお昼に何を食べていたんだろう」と考えることがあった。(おそらくドラマ『おっパン』を見た影響)
わたしの知る限り、自分自身の為にお弁当を作っている姿を見たことが無い。
とすると、飲食店に行ってランチをしていたのか、コンビニなどのお店でパパっと食べられるものを買って食べていたのか、そもそも休憩はしっかり取っていたのか、とかそういう部分が気になった。
わたしのおばあちゃんは大病を患うまではずっと働いているようなアクティブな人だったから、休憩時間に飲食店でしっかりランチを取ることはなかったと思う。
当時はお弁当を作ってもらえていることが当たり前と感じていたし、自分のことで精一杯でこんなことを考える余裕もなかったけれど、今になるとその当たり前をほぼ毎日続けることがどれだけ大変なことかがよく分かる。
時間を戻せるならば、おばあちゃんの為にお弁当を作ってあげたかった。
今はもうおばあちゃんにお弁当を作ることは叶わないけど、わたし自身を大切にするためにお弁当を作ったり、美味しいものを食べたりする時間を守っていきたいし、わたしの大切な人たちにもその日を健やかに過ごせるようなご飯を食べていてほしい。